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東北ボランティア2014

3年前から続けている、大学との合同東北ボランティアへ、今年も行っていきました。平成26年8月25日から2泊5日の日程です。3年間、女川町へ行って、少しずつ変わっている様子も見ながら、同時にまだまだ変わらない部分というのもみることができました。

女川町の様子は未だに考えさせられます。しかし、復興計画が少しずつ進んでいること、新しい商店や新築の家が増えていることにも気づかされます。人が少しずつでも戻っていることを感じ、うれしく思いました。

被害の大きかった女川町

津波でガードレールが・・・

津波後の現状

この高さまで津波が来ました

女川さいがいFMというラジオです

復興計画を聞きました

女川中学校には、「この高さなら津波は来ませんでした」という場所に置く石碑がありました。これには、石碑をあちこちに設置して、被害と恐怖を忘れないようにという想いも込められています。こういう記憶を思い起こせるものが、大切なのですね。
仮設住宅が作られた当時の様子も聞きました。「場所がなくて、野球場にも設営した」ということを聞き、みな驚いた様子でした。また、7割ほどの人が亡くなった大川小学校には次々と人が訪れており、ある家族がお花をそえに来ていたのが印象的でした。
ボランティア活動は、農業施設や畑でのお手伝いとなりました。どんな想いで仕事をしているかを聞いて、非常に考えさせられました。とくに、「本当のボランティアは、どれだけ自分がやりたいからという気持ちを満たすだけではなく、被災者目線になれるかが重要である」というところは心に強く残りました。

たった数日ではありましたが、これからの人生にとって大きな経験になったと思います。

以下、参加した生徒の感想文です。

野球場も仮設住宅の場所に・・・

もうすぐ閉鎖する「希望の鐘商店街」

大川小学校です

大川小学校の被害を物語ります

ボランティアで農業のお手伝いを

ほうれん草がたくさんありました

農家のたちの現在を聞きます

翌日も畑仕事のお手伝い

仮設住宅での交流です

「震災を忘れない」
今回、雄に誘われていったボランティアだったけれど、思いのほか身になることが多くてとてもよかったです。東北に行った三日間で、一日一日、一番印象に残ったことは、大川小学校に行ったこと、農家のお手伝いをしてReRootsというボランティア団体の代表さんの話を聞いたこと、仮説住宅のおじいちゃんおばあちゃんと触れあったこと、この三つです。
 大川小学校は、津波にのまれ、そこにいた人の七割もなくなってしまった、それだけの知識しか持たずにその場に行きました。小学校の回りにはたくさんの建物があったのに、その場に立って回りを見回しても、残っているのは校舎のみでした。こんなにも、津波はすべてをのみ込んでしまうのだなと改めて思いました。その当時、津波が来て、視界に入ったときから逃げ始めた人は、コンクリートの壁をのぼろうとして爪が剥がれたりした生徒などの死体があったそうです。逃げきれた人は、最初に逃げ始めたときに逃げた人だったそうです。初めて訪れてみて、テレビを通して見るよりも迫力があって、伝わる悲しみも何倍にも感じられました。
 農家のお手伝いは、育ちすぎたほうれん草を除草していく作業を手伝いました。作業はとても大変で、ほうれん草を抜いたあとに、ほうれん草を植えてあるプレートを根っこで洗い、プレートがたくさん回収できたら運び、ほうれん草も箱いっぱいに集まったら運ぶ、この作業を午前中ずっとやりました。農家の人は午前中に終わると思っていなかったらしく、とても驚いていました。こういう反応をされ、喜ばれるとボランティアのしがいがあると感じました。午後は、掃除や、後片付けを中心にやりました。
 仕事をやりおえたあとに、農家の人の顔を見ると笑顔で、見ている自分も嬉しくなりました。その後に、農家の代表さんとReRootsというボランティア団体の社長さんの話を聞きました。ボランティア団体がどうやってできたのか、何をしているのか、何があっていまの状態になったのか、といった話をしてくれました。津波でたくさん流されて、辺りがさら地になったとしても諦めずに、いち早く復興を目指している姿を、話を通して聞いても、心に響きました。
 仮説住宅では、おばあちゃんが鍋しきやコースター、お箸入れを、古着を細く切って、三つ編みにして作っていました。驚くことに、そこの平均年齢は約80歳で、中には93歳のおばあちゃんもいました。そのあと、大学生の方がエイサーを踊るまでの繋ぎに、大学生の他の先輩が、沖縄の方言を楽しく説明をして、合気道の演舞を披露をして繋ぎました。それに、自分と雄とで新しい慈忠忍飴を100個ほどプレゼントする前に、飴の説明をしました。二人ともアドリブだったのですごくテンパって説明をしましたが、みんな笑ってくれてとても嬉しく、安心しました。そのあとエイサーを、先輩が演じました。太鼓の音が、体に響いてきて、目が離せませんでした。こんな風に、おじいちゃんおばあちゃんを笑顔にさせることができて、来てよかったと心のそこから思いました。
 今回のボランティア全体を通して学んだことはたくさんあります。被災者の方々は、三年たった今でも苦しんでいながら、努力をし続けていて、完全に復興する見通しがつかないのに、一生懸命に動き続けていること。そしてボランティアの人たちが来てくれることは、とても嬉しいと言うこと。この二つは、いずれ来ると言われている「南海トラフ地震」の時に絶対感じることです。
 だから、今回のボランティアを通して、東北の方々の姿勢は絶対に学び、将来実行をしないといけないなと思いました。そしてボランティアの人達にだって、将来お世話になるから、絶対にありがたみがわかる日が来るので、この一週間のことは忘れてはいけないと思いました。
 これを通して伝えたいことは「どれだけの月日がたとうとも、絶対に東日本大震災のことを忘れてはいけない。忘れたら支援した被災者がどれだけ笑顔になっても、それすら忘れることになる」そう僕は伝えたいです。本当にこのボランティアを通して学んだこと、感じたこと、伝えたいことが知り、学び、考えることができました。

「みんなの笑顔」
僕たちは名古屋経済大学の先輩方と一緒に二泊五日の東北ボランティアに行きました。初めは名経大の先輩方と仲良くなれるか、など不安でした。
 1日目は名古屋経済大学を夜8時頃に出発し、宮城の仙台に向かいました。バスの中で寝るのは初めてだったので、ドキドキしました。二時間おきくらいに、サービスエリアによりました。いろいろな県によれたので、楽しかったです。
 二日目はサービスエリアで朝ごはんを食べました。僕は焼きそばパンとおにぎりで充分だったのに、柳井谷先生は朝から、ラーメンを食べていたので、ビックリしました。焼きそばパンとおにぎりは美味しかったです。
 その数時間後、東北学院大学に着きました。とても、大きな学校でした。東北学院大学で大きなカバンを預けた後、女川市の散策に行きました。そこには、倒れた交番や、津波で流された後の形が残っていました。僕は驚きました。まだ、復興が少ししか、されていなかったことに驚きました。その後、もうすぐ閉鎖されるという、希望の鐘商店街でぼんじりという焼き鳥と、黒豚コロッケを食べました。
 その後、大川小学校に行きました。大川小学校は生徒の約7割がなくなった、小学校です。そこの壁はすべて崩れていて、教室の黒板がむき出しでした。
 三日目は、「みちさき」、という農家にお手伝いに行きました。育ちすぎたほうれん草の撤去を手伝いました。たくさんの育ちすぎたほうれん草があり、大変でしたが、なんとか午前中に終えられたので、嬉しかったです。手伝いをしたあと、ボランティア団体の「リルーツ」さんの代表の方の話を聞きました。そこには、ボランティアの体験などが交えられていて、とても重要なことがたくさんありました。その夜、ボランティアに参加していたみんなで交流するためにお好み焼きを食べに行きました。そこで頼んだフレンチトーストに花火が刺さっていたので、ビックリしました。お好み焼きもフレンチトーストも美味しかったです。
 四日目は、うみねこハウスの畑をつくるために、雑草をむしりとりました。たくさん生えていたけれど、みんなで協力して、午前中で終わらせました。そのあと、うみねこハウスの代表の方から、聞きました。そのかたはたくさんボランティアをされている方でした。僕は
「被災された方は今、どんな言葉を言いますか?」
と聞いたら、代表の方は
「いつになったら、家がたつのかね〜」
と言っている、と聞きました。被災された方は今、家族みんなで住める家を必要としている、と僕は思いました。
 そのあと、仮設住宅に行きました。そこに行くと、皆さん笑っていられました。僕が話を聞いた方は、86歳と93歳という、高齢な方でした。ですが、どちらのかたも元気に笑っていられました。僕はそれだけで、嬉しかったです。そこでこんな言葉を耳にしました。
「みんなは若いから、頑張ってね」
という励ましの言葉が聞けて、嬉しかったです。皆さんは被災されたのに、ここまで立ち直られていて、ビックリしました。そのあと、大学生の方がエイサーという、踊りを披露していて、凄かったです。僕たちは高蔵のアメを皆さんにプレゼントしました。皆さん、喜んでいてくれて、嬉しかったです。
 この四日間はとても充実した四日間でした。たくさんの被災された方から、話もたくさん聞けたことがとてもよかったでした。被災された方たちが、みんな笑っていたことが一番、嬉しく、僕も笑顔になりました。また、このように被災された方たちと話ができる機会があるのなら、また、参加したいです。四日間とてもよかったです。

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